子供を虐待しそうになった時、私はがんばることをやめてみた

わが子を抱きしめる

厚生労働省が2015年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待件数が初めて10万件を超えたと発表しました。
児童虐待は1990年から統計を取り始めて以来、25年連続で増加しているそうです。
このニュースを聞いて、私は自分の心に深く突き刺さるものがありました。
だって自分も何度も、世界で一番大切で、かわいくて仕方がないわが子を虐待しそうになったことがあるから。
今回はすべてのママと子供たち、誰にとっても決して無関係ではない「虐待」について考えてみたいと思います。

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そもそも「虐待」とは?躾との違いとその定義

そもそも虐待とは、wikipediaによると

むごい扱いをすること。繰り返しあるいは習慣的に、暴力をふるったり、冷酷・冷淡な接し方をすること。

となっています。

また、児童虐待の定義については厚生労働省が下記のように分類しています。
厚生労働省 児童虐待の定義

中でも私が気になったのが「ネグレクト」と「心理的虐待」です。

これには
・車の中に放置する
・家に閉じ込める
・兄弟間で差別する
・無視する
・言葉による脅し
など日常生活の中でやろうと思えば簡単にできてしまい、身体的な暴力よりもやっている側の罪悪感が少ないような気がしたからです。

よく躾との違いが議論されますが、されている側が虐待だと思えば立派な虐待行為ですよね。
また長期間虐待を受けると脳が委縮し、後天的に発達障害を起こすことも知られています。

ではなぜ人は愛するわが子を傷つけるようなことをしてしまうのか。
私の場合はこんな感じに坂道を転がり落ちていきました・・・。

誰かに助けてほしい、心の叫び

毎日繰り返される育児のストレスには終わりがありません。というか見えません。

子育ての何がストレスが溜まるかって、私の場合は自分の時間が作れないこと、自分のペースで動けないこと、自分のしてほしくないことばかり子供がすることがものすごく苦痛でした。

そんなの子供が生まれたら当たり前じゃん!って思いますよね。
人の親になったら何もかも子供に捧げて、子供中心の子供のための時間や人生を送るのが当たり前!
そんなこともわからずに産んだなんて子供がかわいそう、親失格。
そう思われても仕方がありません。

実際に自分も子供が出来るまでは当たり前にそう思っていましたし、虐待のニュースなどをテレビで見ても
かわいいわが子を苦しめるなんて本当に理解できない」と心の底から思っていました。
自分が幼少期恵まれない環境だったこともあり、子供が出来たら絶対にさみしくないように側にいてあげよう、と幼いころから思っていたほどです。

息子が生まれた瞬間も、本当にうれしくて感動して、生まれてきてくれてありがとう。と何度も思いました。
毎日一緒に過ごしていても本当にかわいくてかわいくて仕方がない、大切で本当に大好き。
育児は大変だけどこの子がいるからがんばれる。
始めはそう思っていました。

ですが24時間子供中心の世界に合わせて生きていくのは想像以上に大変で、子供が1歳半くらいになり動き回れるようになって自我も出てきたころからだんだんとかなりのストレスが溜まるようになっていきました。

ちょっと待っててね」って何回言ったかわからない。
もちろん子供がそんなこと待てるはずのないのでわがままを言いだして泣く、ぐずる。

子供の機嫌のタイミングを見て、パパッとやらなくてはいけないことは終わらせ、家の中を走り回っても自分のやりたいことはなかなかできない。
やりたいことの前に、やらなくちゃいけないこともたくさんあるのにそれすら途中で邪魔されて全然できない。
途中やりになるから大切なものをなくしてしまったり、忘れてしまったりして、それがまたストレスになる。

ようやくお昼寝や夜寝てくれて、よし!今から色々やるぞ~!と楽しみにしていてもそういう時に限ってすぐ起きる、夜泣きする。
私がいないと寝付けないから結局寝かしつけている間に自分の時間はどんどん減っていく・・・・。
やっと寝たと思ったらもう深夜だったり、一緒に途中で寝てしまったりして朝起きてひどく後悔したり。
気が付いたらそんな毎日でした。

また私は子供が生後4か月から仕事を再開しました。
自宅自営業だったこともあり、好きな時に仕事ができるというのと、もともと仕事は大好きだったので割と早めの復帰だったと思います。
ですが初めての育児と仕事の両立も本当に大変で、仕事を辞めれば子供にもっと時間を割いてあげられることは間違いないけれど私にとって仕事は生きがいでありストレス発散のための大事なツール。
仕事を辞めてしまったら、仕事が出来ないことに対してまた新しいストレスを抱えることは明白でした。

夫も仕事の帰りが遅く土日も仕事が多いので、自分が家事や育児はがんばらなきゃいけないと思ったし、
実際たまに休みがあっても疲れていて一日中寝ているので、本当に助けてほしい時も助けれくれないことが多々ありました。
そんな過去があるのでもう初めから期待するのがバカらしく、期待するだけストレスがまたたまるので夫に関しては育児家事は何一つ期待しない!というスタンスでいました。

でも本当は少しでも助けてほしかった。
夫に、というよりも昼間子供と2人でいるときに誰でもいいからあと1人、いてくれたら本当に精神的に心の底から助かるのに、と思ってました。

可愛いはずの子供が憎い、それでもやっぱり愛おしい

そんな毎日を過ごしていて、ある日突然子供がわがままを言っているときに自分の中で何かがプツリと切れました。

今までずっと、自分の考える理想の優しいお母さんでいたかった。
子供にも常に温かく愛情を感じられる環境で育ってほしかった。
そう思っていたはずなのに、ある瞬間子供が自分の人生の邪魔ばかりする本当に憎い存在だと思えてしまったんです。

私は子供を殴ったり、たたいたり、突き飛ばしたことはありません。
ですがその時早く寝てほしいのに全然寝てくれなくて布団を頭からかけて「早く寝てよーー!」と怒鳴り散らしてしまったんです。

その時は本当にもう育児が嫌で、自分が何をするかわからないから子供と一緒にいるもの嫌で、子供がいない人生がうらやましくてうらやましくて、本気で施設に子供を預けてそんな人生を取り戻そうとすら思っていました。

本当にひどい母親です。

怒鳴り散らしてしまった後はすぐに(むしろ言いながら)後悔しかなくて、言ってしまった後は子供を抱きしめて泣いて謝っていました。
子供も怒られて固まっていて、嫌われても仕方がない母親なのに私が泣いているとぎゅっと抱き締め返してくれて、わが子にもうこんなことは絶対にしない、とその時強く思ったのを覚えています。

ですが子供にひどいことをしてしまったことで、こんなひどい母親なら一緒にいない方が子供のためなんじゃないかと思い、やっぱり施設に引き取ってもらうべきなんじゃ・・・と考えていました。
今思うとそんな思考回路になるなんて、相当追い詰められていたんだと思います。

その考えを家族に話したことで、ようやく周りが私がそれほどまでに追い詰められていたんだ、ということに気が付いてくれました。
いつも心の中では誰かに助けてほしい!と強く思っていて自分ではその信号を出していたつもりだったのに、イマイチ伝わっていなかったようで、私が崖っぷちまで追い詰められたことで初めてこれは本当にマズイと思ったようで、それからは夫だけでなく両方の実家の家族もかなり助けてくれるようになりました。

それから少しずつ、自分の心にも余裕が生まれるようになり、やっと心の底から育児が楽しい! 子供がかわいい!と改めて思えるようになったんです。

※こちらでも紹介しています。

虐待しそうになったとき、私はがんばることをやめて、ただ息子を抱きしめてみた

もしも、自分が我を忘れて子供を傷つけ、その結果一生心に残る傷を背負ってしまったら。
もしもあの時、布団を子供にかけたことで息が出来なくなり、わが子をなくすことになっていたら。

そう思ったらどれだけひどいことを自分がしようとしていたか、改めて思い知らされました。

もうすぐ息子は2歳。
そろそろイヤイヤ期にさしかかり、今でも子供にイライラしてしまうことは毎日たくさんあります。

ですが私はもうがんばることをやめました
いつまでも綺麗なママでいたい、仕事も家事もがんばりたい、あれもこれも・・・
そういった色んなことをがんばるのをやめて、子供の幸せ以外のことはもうどうでもいいや!って思うようにしたんです。

子供にひどいことを言いそうになったり、思わず手を上げそうになったりしてしまったら、やらなくてはいけないこと、やりたいことなんてどうでもいいや!って思うようにしています。
そう思うと不思議と心が楽になるんです。
何もがんばらなくていい、例え太って見苦しくなってしまっても、家事も仕事もちゃんとやれていなくても、そばで私が優しく笑っていることがこの子にとって一番の幸せなんだ。
そう気が付いたからです。

何もがんばらなくていい、ただ子供と2人(&夫も)幸せに毎日を過ごすことが出来ればそれでいいじゃないか、
仕事が減って贅沢できなくなっても、子供はお金よりも今は私自身を求めてくれている。
それってとーーっても贅沢なことなんですよね。

自分も小さいころ親が共働きだったので母親がそばにいなくて本当にさみしかった。
お金なんてなくていいから、毎日お母さんにずっと側にいてほしかった。
小さいこと心からそう願っていたことをどうして忘れてしまっていたのか。

さみしかったからこそ、自宅で出来る仕事を見つけて子供の側に少しでもいられるようにここまで来たのに、いつの間にか子供より仕事優先になってしまっていた。

子供がお母さんを一番に求めてくれるは今だけです。
大きくなるにつれどんどん手は離れ、いざ一緒にいたいと思う時にはもう離れて行ってしまうんですよね。
なら今のこの時を大切にしたい。
お金や自分のやりたいことはまた何年か経った後でも取り戻すことが出来ますが、子供とのこの贅沢な時間は2度と帰ってくることはありません。

もしも子供を虐待しそうなほど追い詰められているママやパパがいたら、がんばらなくていいんだよ。と声をかけてあげたいです。
言葉も通じないまるで宇宙人みたいな小さい子供と毎日一緒に生きている、日々の生活を送っている、それだけで本当にすごいことだと思うからです。

虐待や育児ノイローゼになってしまう人は完ぺき主義の人が多いそうです。
まさに私もその通り、仕事も私生活も自分に厳しく、常に高い目標をもって毎日を過ごしてきたタイプでした。

子供の幸せな笑顔が見られるならそれだけでいい、そう思えた生まれた来てくれたあの日のこと、満面の笑顔で駆け寄ってきた時のあの顔、
授乳しているときの幸せそうな顔、初めてチューしてくれた時の事。

私はどうしても追い詰められてしまった時はそんな子供との幸せな思い出を思い出して、ぎゅっと抱き締めるようにしています。
そうするとまた、忘れそうになっていた幸せな気持ちがぎゅーっと自分の中に戻ってくるのがわかるからです。

ただ子供と自分が生きているだけでいいんです。
子育てもテキトーでいいんです。
誰かに助けてほしい時は叫びましょう。見苦しくなんかありません、きっと誰かが助けてくれます。
全ての子供とママが、少しでも幸せに毎日を過ごせる世界になったら。心からそう願っています。

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